
ターザン426号 '04 9/8
カナダ、インサイドパセージを漕ぐ。ハイエンドなシーカヤックツアー
「アウトドアトリップ」というと、ハードな旅を想像しがち。でもツアーの本場、北米では最近身ひとつで臨める、
ハイエンドなツアーが大人気!シーカヤックという、自然との距離をなくす道具を使って沿岸水路(インサイドパッセージ)を楽しみ尽くす。カラダはもちろん、アタマを使った旅もしたいアナタにぴったりのハイエンドなカヤックツアー、いかがでしょう。
取材・文/内田正洋、中村浩一郎 撮影/中村隆之 撮影協力/日本航空、(株)モンベル
取材協力Northern Lights Expeditions、Katsu
Sakuma (佐久間克宏)
どこでやってる?どうして人気??噂のハイエンドツアー。
Why? 自然はもちろん、人の変貌っぷりも楽しみ。小さな島や、入り組んだ入り江の多い沿岸水路は、シーカヤックを
気軽に楽しむのにうってつけの地形であり、しかもさまざまな生物か共生する手付かずの自然がある。その自然に触れる醍醐味を、カ
ヤックやアウトドアに馴染みのない人にも味わえるようにしたのがこのガイド付きツアー。自然そのものにひたるのはもちろん、自分
の内面を見直すことかできるのか流行の理由だそう。また、アウトドア生活をしていると、肩書きや装いのはがれた、その人自身の内
面か表情に表れてくる。その変わりようも楽しみのうちなのです。
Who? 端的に言うと、高収入の方が多いみたい。
「好奇心だけ持っていらっしゃい」か売りのハイエンドツアー。その言葉通り、必要なキャンブ装備はほとんどレンタル。しかも使う
のは名だたる高級品ばかり。当然、お値段も張る。だから参加者も、経済的に余裕かあリ自然現象に興味のある知識層の人々か主。35〜
45歳の医師や弁護士、会社社長やパイロットといった人々が多くうち6割は女性というから世界って面白い。そして、ツアーを体験
した参加者同士には特別なつながりができ、結婚にまで発展する例も珍しくないそう。そんな出会いも人気の秘密?
Facts では、価格やアプローチなどを簡潔に。
バンクーバー島北部のジョンストン海峡周辺が、このツアーの舞台。今回の沿岸水路ツアー「Inside
Passage」6日間の価格は、1395 USドル〔約16万円〕。すべてのベースとなるポートマクニールまでは、カナダ/ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーより、陸
路【フェリーも使う】で5時間程度。空路の場合、ポートハーディ空港からタクシー利用が一般的。ツアーを運営するくNorthern
Lights Expedrtians)では、他にもさまざまな形態のツアーを行う。
公式サイト(http://www.seakayaking.com)には日本語版あり。
フィヨルドの海、シーカヤックとオルカ。「故郷」沿岸水路へ。 沿岸水路(インサイドパッセージ)。それは北米大陸の北西岸に連なり、氷河によって形成された、極めて複雑な海岸線の名称だ。 北はアラスカ南東部の広大な自然海岸から、南はバンクーバー、シアトルといった大都市まで、全長900マイルにも及ぶフィヨルドを、人々はそう呼ぶ。入り組んだ海岸と無数の島々は、太平洋のうねりをシャットアウトし、奇跡的なほど穏やかな海の回廊を作り上げた。日本列島を囲むように流れる黒潮は、沿岸水路にまで達しており、温暖な海流が亜寒帯沿岸に雨林帯(レインフォレスト)を育て、氷河期の終焉とともに森と海の世界を作った。沿岸水路は、水が形作る世界だ。 現代のシーカヤックは、この沿岸水路で生まれた。いわばーシーカヤックの故郷なのだ。古来カヤックとは、沿岸水路のさらに北に住んでいた極北の先住民によって生み出されたボートのことである。凍てつく海で生きるため、5000年とも1万年ともいわれる歳月をかけ、彼らが完成させた狩猟用の舟なのだ。大木か育たぬ環境のため、細木を縛ってフレームを組み上げ、それを海洋哺乳類の皮で覆った。もともとカヤックは皮張りなのだ。そんなカヤックを、素材をプラスチックに変えて、狩猟用から海を旅するために甦らせたのが、近代シーカヤックだ。カヤックに「シー(海)」という接頭語かわざわざ付いているのは、欧米で使われていたカヤックが、 川や静水用の舟に変貌していたためだ。 コロンブス以降、北米大陸に定着して「国家」という体制を作った西欧系北米人は、1970年代に入って、自分たちが生まれた土地に1万年以上暮らしてきた先住民の深い叡知にようやく気が付いた。「血」ではなく「地にでつながる彼らの存在を、リスペクトし始めたのだ。 そして、カリフォルニアを中心に生まれたバックパッキング文化が、砂漠を歩いて旅をし、「地」でつながる先人の叡知を継承した。そのムーブメントが、バンクーバーやシアトルでは目前の海へと向かい、生活道具をカヤックに積み込んで沿岸水路へと旅立つ行動となった。当初、海でのカヤック漕ぎを知らなかった西欧系の人々は、穏やかな水路で経験を重ね、ついには海を旅するという新たなカヤック文化を生み出した。 80年代の半ば、日本にも北米のシーカヤックが上陸し始めた。先陣を切ってシーカヤックを輸入し始めた数少ない人間のひとりに、カツがいた。本名は佐久間克宏というのだが、北米のアウトドア業界では『カツ』で通る。もともとアウトドアの道具を輸入する商社にいたが、商品を輸入するより、文化を輸入する志向が彼には強かった。日本で英語を覚えたにもかかわらず、彼の英語はほとんどネイティブ並み。北米と日本のアウトドア文化の橋渡し役を続け、日本に居ながらカナダ入女性と結婚し、5年ほど前に永住覚悟でカナダヘ渡った。 僕は、かつてカツが輸入していたシーカヤックの愛用者だった。カツが輸入を始めてすぐに彼と知り合い、以来友達付き合いが始まった。僕のシーカヤック歴のほとんどに、彼は関わっている。探検家、関野吉晴氏の大遠征「グレートジャーニー」のサポートをするために南米俵南端を漕いだときも、カツは一緒だった。 カツはカナダ東部のオンタリオ州に暮らしている。近くにある湖沼群、アルゴンキン国立公園でカナディアンカヌーのツアーガイドをやっているが、やはり海への思い断ちがたく、西海岸でもシーカヤックガイドを始めようと考えている。そんな彼から「シーカヤックツアー」という概念を作った男を紹介されたのは3年前のことだった。 その男、デビッド・アーシスは「ノーザンライツ」というツアー会社を経営している。21年前の83年、デビッドは、バンクーバー島周辺の沿岸水路でシーカヤックによるツアーを始めた。当時、シーカヤックの商業ツアーなんて発想は、彼以外の人問にはまったくなかった。会社は、アメリカ側のペリンガムという小さな町にあるが、ツアーのベースはバンクーバー島の北東岸、ポートマクニールという港町にある。そこから沿岸水路に浮かぶ島々へと、毎夏数多くのツアーを送り出す。年間350人から500人ほどをガイドしており、当然ひとりでは対応しきれないこともあって、ガイドたちも育ててきた。 今やほとんどのツアーが、その若いガイドたちによって行われ、デビッドは事務系の煩雑な仕事にばかり追われていると嘆く。それほど彼が提供するツアーは人気が高いのだ。 そんなデビッドとカツがパートナーシップを組み、彼らの世界を日本に紹介したいと、僕を誘ってくれたのだ。シーカヤックのガイドツアーは、いまや沿岸水路の新たな基幹産業に成長した。カヤックという太古の舟に精通し、森と海という優れた自然の大切さを伝えるプロガイドを養成する、教育システムまでが存在しているのだ。
前置きが長くなったか、今回僕が参加したガイドツアーは、その名も「インサイドパッセージ」。旅のフィールドは、バンクーバー 島東岸に位置するジョンストン海峡周辺。この海峡は、世界でも類を見ないほど美しい光景が見られるところだ。なんと、定住型のオルカ(シャチ)が暮らしている。普通、オルカは外洋を回遊しており、キラーホエールという英名通り、非常に獰猛なクジラとして知られる。砂浜にいるアザラシを、海から一瞬上陸して丸ごと飲み込むという信じられない行為をしたり、遠洋漁業の漁師に「はえ縄にかかったマクロを根こそぎやられる」と恐れられたりしている(サメに食べられる程度は愛嬌で済むのだが)。しかし、世界に数か所、定住してサケなどを食べ、穏やかに暮らすオルカファミリーの海がある。そのひとつがこの海域。この一帯の沿岸水路が特筆される理由のひとつに、その定住オルカの存在が挙げられる。 ツアーは、定住オルカの研究施設があるハンソン島と、その対岸にあるコンプトン島をベースに繰り広げられる。島にはキャンプ地が設けてあり、それぞれに2泊ないし3泊しながら、合計5泊6日のテント生活をする。昼間はシーカヤックで近くの島々を散策し、 太古の遺跡を見学したり、生態系を学んだり、釣りをしたりと優雅な日々が続く。 沿岸水路に外洋のうねりは来ないが、その狭い水路を激しい潮流(海流ではなく漸の干満が起こす流れ)が行き交う。海だけど川のような流れが、そこら中に存在している。この複雑な潮流を読みながら漕ぐのは、かなりエキサイティングだ。とはいえ、このツアーはシーカヤックのビギナーを対象としており、「経験のないことが必要なことです」という謳い文句まであるくらい。それは、「初めてのシーカヤック体験をオルカと一緒に」という魂胆からだ。はじめに衝撃的な初体験をさせて、深遠なるシーカヤックの世界へ人々を落とし入れるのが狙いなのだ。そこが、なんともハイエンドー・贅沢の極みじゃないか。 僕のようなベテラン(?)カヤック乗りには、海は冷たいけど瀬戸内海と同じ気分で漕げる世界。複雑な潮流も似ている。でもそこにオルカがいて、時々カヤックの脇に巨大な物体のように浮上してくるという経験は、何とも筆舌に尽くし難い。しかもオルカだけじゃなく、増えすぎたミンククジラもいるし、ザトウクジラもいたりするからたまらんのだ。
6月下旬、今年最初のツアーが始まった。参加者の中にカツと僕がいる。一般の参加者に交じっての旅だ。カツはガイドとしてではなく、取材のコーディネーターとして参加。ガイドはブラジル生まれの日本人ジョイモズナ君とジーイ、エリンという女の子2人に、見習いのジェシーを含めた4人という陣容。日本からは三沢夫婦とその友人の沢田さんに、ドクター内山夫婦。カリフォルニアからドワイトと14歳の息子ギャレット。イギリス人のリサとニュージーランド人アランの夫婦。それに『Tarzan』カメラマンのタカとライターのコオで、総勢17名の大所帯。2艇の水上タクシーに6日分の食料と装備、それにカヤックを積んでコンプトン島ホワイトビーチにあるキャンプサイトを目指す。白い貝殻浜がその名の由来らしい。小一時間の海上移動の最中、途中の島にクロクマを発見。沿岸水路は熊の王国でもある。 キャンブサイトに到着して、まずはテント張り。今年最初のツアーだからテント張りのオプションがある。テントはシーズン中張リっぱなしらしい。午後からは、さっそくシーカヤックで周辺を散策。おっとその前にパドリングのレクチャーがあった。ほとんどの参加者か、やはリピギナー。使うカヤックは2人集り。僕はガイドと交代して1人乗リカヤックを使わせてもらう。 1日目の散策の目玉は、ペトログリフ(線刻画)と、人間が埋葬されたという棺桶の痕跡。沿岸水路は森と海を生活の場にした海洋民が、自然と共生しながら厳かな文化を築いていたところだった。しかし19世紀末にその文化は、ほとんど消滅してしまった。 2日目はマウンド島へ。貝殻の堆積がこの島を作った。数千年という海洋民の営みが、島となって残っている。日本列島にも貝塚が星の数ほどあるから、同じ食習慣があったことの証。貝塚の上に座り、この島の気を感じ取る。僕ら日本人が、シーカヤックにハマる理由が理解できる。僕らにはこの他の先住民と同じ「血」が残っているのだ。 午後、キャンプに戻ると風か吹き始めた。強風注意報が発令されたと、無線が知らせている。よって午後はコンプトン島内をトレッキング。島のピークまでクライミングをし、反対側のビーチヘ下りる。このところ雨がなく島は乾いている。火の扱いには充分過ぎるほどの注意が必要だ。このあたりの災害の筆頭が山火事なのだ。 キャンプサイトに戻り、今度は釣りタイム。アイナメのような魚か入れ食いで、沢田さんと三沢ダンナは釣りに熱中。サケか掛かる前にこいつが釣れて仕方ない。このアイナメ君、こちらではケルブ・グリーンリングと呼ぶらしい。キャンプは無人島に張られているが、対岸にはオルカ研究所が見え、海峡を通る船も多く、隔絶された感覚は少ない。別のシーカヤックグループも時折近くを通る。 「ここは都会ですね」と、昨年ユーコン川下りを経験したコオが余裕をかます。 翌3日目、潮が引いた早朝にカツがワカメ(リボン・ケルブというそうな)を採ってきた。インスタントみそ汁に入れて食べる。実に新鮮。日本人にとって、沿岸水路は食料の宝庫だ。湖が引くとウニの原っぱが出現する。いやいや大げさじやなく、ホントの話。足の踏み陽がないほど、巨大なパフンウニやムラサキウニが出現する。仕方なく捕ってしまうのが日本人。大きいから大味というわけでもない。こんな嬉しい状況を味わうだけでも、参加した価値があるってもんだ。 この日の散策は、ちょいと遠出。北にあるクリース島を一周してくる。小型のイルカがそこら中にイルガ(!)、オルカはまだ見えない。ルアーを引いてトローリングしていたら力サゴが釣れたけど、まぁ、リリ−スしてやった。カサゴはスカンピン、いやスカルピンと言う。夕方キャンプに戻り、再び沢田さんがアイナメを釣った。僕がサシミにする。九州のうすくち醤油と生姜とユズ胡椒を持参した僕は、はなっからサシミ目当てなのだ。流木をマナ仮にしてビーチのはずれで内緒のサシミタイム。 で、沢田さんと喰らおうとしていたら、気付かれてみんなが集まってくる。いつの間にやらマナ板ショー、いやサシミショーになってしまうのだった。ガイドのエリンが、「オー、マサはサシミロボットね」と喜ぶ。ドワイト父さんは、「この醤油、カリフォルニア で完ったら大儲けできるな」と、醤油に感動。日本食に詳しいリサはユズ胡椒に興味津々。「このスパイス、いったい何なの?こんな の初めてよ!」。 そうそう、これが日本の奥深さなのだ。サシミは身を刺すという意味なのだよ、サシミは火を使わないエコな料埋なのだよと、サシミ文化の講義を始めるのだった。身はブリプで、歯ごたえバッチリ。鯛より美味ではないか。書きながら思い出すだけでヨダレが出 る。サシミショーのハプニングで、みんなの気持ちが一気につながった。とはいえ、僕はせっかくの晩酌タイムを邪魔されてしまった。 翌日はキャンプ地を移動する。すべての装備をパッキングしカヤックに積み込む。これだけの荷物が積めることに、一同は唖然。フル装備になったカヤックは、ひとりやふたりじゃとても持ち上がらないのだ。この重さがシーカヤックを安定させる。荒れた海でこそ、この重装備のシーカヤックは本領を発揮する。それが先人の叡知なのだ。 ブラックフィッシュ海峡を渡り、ハンソン島の東端をかわしてジョンストン海峡に入る。ハンソン島南岸のシェーカーと呼ぶキャンプサイトヘ。途中ゼニガタアザラシの群れに出会う。空にはハクトウワシが舞っている。材木を満載した貨物船が通リ、アラスカヘ向かう豪華客船がうねりを起こした。 キャンプ地に羞いて海峡を眺めていると、唐突にオルカが現れた。すぐに漕ぎ出す。オルカの100m以内には近づいてはいけないルールかある。だが、向こうから近寄ってきたら仕方がない。シーカヤックからの視点が、よリオルカに威厳を与える。カヤックは、海洋哺乳類の姿を模して作られたといわれる。人はシーカヤックによって彼らの同胞になっていく。僕の真下にオルカがいる。水中マイクを入れた。彼らの会話が間近に、そして長いこと聞こえていた。 翌日もオルカを堪能し、夜は夜光虫に囲まれてのカヤッキング。6日間はあっという問に過ぎ去った。シーカヤックは優れたアウトドアスポーツだが、時間を遡るような感覚が強い。それは、僕らにカヤック民放と同じ血が流れているから。日本人こそが、甦ったカヤック文化に責任を負うべきではないのか。僕は、心底からそう思い始めていた。 このツアーには、一級品とアイディアがいっぱいだ! ハイエンドなキャンプ生活の中で見つけた、ハイなグッズ&システムをご紹介 自然ドップリ、動物タップリのこのツアー。いろいろ楽しみはあるけれど、キャンプそのものもツアーサービスの一つ。そんなツアーのハイエンドぶりを、キャンプ生活の視点から見てみよう。 彼らか提供してくれるシステムに乗っかってしまえば、ボクらが持参すべきは衣類、寝袋、身の回リのものだけ。テントやスリーピングマットなどのキャンピング専用グッズは、最高級品をレンタルで用意してくれるからだ。自分で全部揃えたらウン十万する最高のアウトドアグッズを、パンパン使える機会なんてそうそうないぞ! またグッズのみならず、彼らが長年の経験から綱み出した、キャンプ生活のためのシステムを学んでいくのも面白い。例えばシャワー。例えばドリンクバー。アナタが次に行くキャンプでも、ちょっとヒネれば存分に使えるアイディアが満載である。もちろん沿岸水路ならではの特殊グッズもあるが、その辺は適宜応用ってことで。 さらに、アウトドアの達人、ガイドの知恵も分けてもらった。これだけあれば、人は野外を縦横無尽に駆け巡れるようになる。
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